お侍様 小劇場 extra

    “青嵐吹いたら” 〜寵猫抄より
 


待望の春をそれは華やかに演出する桜が、
人々を浮かれるだけ浮かれさせてのち。
さあ、新生活だと気を引き締めて
ちょっとほど緊張なんかもして歩み始める
青葉の萌ゆる季節がやってくる。

 「まあ、ウチはGWとか縁がありませんしね。」

家長が 作家先生という生業持ちで、
もう一人の同居人は
その先生の創作活動への完全フォローに勤しんでおいで。
よって、世にいう“勤め人”の皆様とは暦の活用というものも一味違い、
原稿の締め切りが早まるくらいの影響こそあれ、
連休とかボーナスとかには ずっと縁がないまま。
なので、有給を足せば10連休だの、
車を出そうか、ああでも皆考えることは同じだから渋滞に掴まるなぁとかいった、
この時期ならではな悩ましいあれこれとは無縁のままで。
ある意味、立派に浮世離れしているといえるのかもしれぬ。

 「にあみぃ、みゃ〜。」
 「んん? どうしたんだい?」

連休の最中も、お天気を気にしたのは洗濯のためだった敏腕秘書殿。
今日もなかなかのいいお天気な中、
庭先の物干しから取り込んだ洗濯物を腕に抱え、
リビングのソファーへと戻ってきた七郎次へ。
すんなりした、だが健やかで頼もしいその足元に、
小さなキャラメル色の綿毛が
ぴょこんと飛んできたそのまま えいえいとじゃれつきかかる。
踏んでしまうでしょうがと苦笑をするものの、
まさかにそんな不注意なんてしたことがないし、
武道も一応は嗜んでいる自分なのに、
こうもあっさり間合いに入って来るとは猪口才なと。
…いやいや、そういう方向でも苦々しく思ったことなぞ一度もないまま、
朗らかな甘い笑みにて小さな存在を受け止めるおっ母様。
抱えていたさらさらの洗濯物を、
空気を含ませるように ばっさーっとソファーの上へ投げ出すと、
そのままひょいと身を屈め、
自分の足元へまとわりついていた小さな仔猫を両手で掬うように抱き上げる。

 「どした、久蔵。小腹が減ってしまったかな?」

小さな小さな仔猫は、メインクーンという種の仔で、
大人になればそれは大きな肢体となるはずだが、
この子は特別、出逢ったばかりのころからちいとも育たぬままであり。
やわらかな毛並みを胸元に盛り上げ、大きな耳にもたくわえていて、
よそゆきの装いをした幼子のような佇まいのまま、
当家の大人二人に腕白さんなまま懐いておいで。
今も、寸の足らない小さな前脚をちょいちょいと振って見せ、
何事か向かい合う七郎次へ話しかけたがっているようで。
武道に縁があるにしては節も立たずの
七郎次のすんなりしたきれいな指の間から
ちょんとした手足をはみ出させて引っ掛かったようになっている様は、
ようよう磨かれた白玉細工の梢の先に
長い毛並みを梳かれつつ、引っ絡まってしまった悪戯者のよう。

 「みゃんにゃん、みぃみ、みゃん」

糸のようなか細いお声で、聞いてよねえねえと しきりに鳴くのも、
仔猫だから甘えてのこととと思えば不自然もないが。
七郎次や勘兵衛には、小さな人の和子の姿に見える存在なだけに、

 「そういや、お昼頃にお顔を洗ってたよね。
  雨が降るからこいのぼりを下ろせって言ってるのかな?」

遊び半分なんかじゃあなく、
結構真剣に 何て伝えたがっているものかを
愛らしい猫の鳴き声から読み取ろうとしてみる彼でもあって。
お昼ごはんにクロワッサンにじわんと柔らかくしたバニラアイスを乗っけたの、
ご飯なんだかおやつなんだか、あ〜んしてと食べさせてやったところ、
クロちゃんと先を争うようにして嬉しそうにぱくついたそのあとで、
そりゃあ丁寧に毛づくろいをしていたのを思い出したようだったが、

 「あれで正解か?」

今日は執筆もお休みか、
同じリビングの別な一角で
新聞を広げて目を通しておいでの御主様。
豊かな髪をたらした肩口に何か気にして顔を寄せ、
そんな素振りに誤魔化して、
お膝近くで丸くなってた、もう一匹の家族、
小さな小さな黒い仔猫へこそりと訊いたれば、

 ≪ 湿気と嵐が近いのもありますが、
  あまり良くない妖異の気配が寄っているのを伝えたいのが先ですね。≫

ふるるっとお耳ごと小さな頭をゆすぶる所作に隠して、
伝心にてそんな言いようを伝えたクロちゃん。
だがだが態度はずんと落ち着いており、

 ≪ 大した覇気持つ存在ではありませんよ。
  なので、お昼寝に持ち込んで、
  それから素の姿へ戻って畳む気でいるのでしょう。≫

それでなくとも木の芽どき。
若葉が萌える生気に刺激されてか、
よからぬ存在もそれを食らって嵩を増しかねぬが、
その程度の級でのさばるつもりとは片腹痛いと。
小さな身にはそぐわぬ尊大さで言い放つところが、
今度は勘兵衛に苦笑を誘う。
実はこの屋敷と同じほどという大きな身の大妖だとも知ってはいるが、
目の前にいる小さな姿があまりにも愛らしいその上、

 「あ、クロちゃんも。これ畳んだらお昼寝しようね。」

加護する対象の筈な七郎次からは、
幼子の姿した久蔵と一緒くたという扱いされてて、
そこもまた、勘兵衛に苦笑を誘うところだったり。

 “まあ、それを言ったら、
  久蔵も もっと上ゆく相違を抱えておるのだが。”

例えば昨夜も、
嵐を思わす風の音が庭木の梢を騒がし続けるその中で。
せわしなくはためく木の葉の陰と、その隙間からこぼれる月光の青い光と、
まだらに身に受けた青年が一人、
何にか注意を絞り込み、怖いくらいに鋭い顔にて立ち尽くしており。
真紅の衣紋は足元まである長いそれ。
風にはためかせていたそのまま、ふわりと大きくはためいたのをキリに、
夜陰の垂れ込める蒼穹へ飛びあがると
背に負うていた長太刀をぎらりと引き抜き、
掴めぬはずの闇を追ったそのまま、
振り抜いた切っ先でさくりと切り裂いてしまったのが物凄い。
あれもまた、何かしらの妖異が襲って来たものを
見事引き裂いてくれたに違いなく。
冷酷な邪妖狩りとの顔を隠し持つ、
だがだが昼の間はあくまでも愛らしい仔猫の久蔵。
やさしいおっ母様の腕の中に抱っこされ、
目許を細めると“みゅうvv”と嬉しそうに笑って見せたのだった。



   〜Fine〜  16.05.06.


 *結構コロコロと変わったお日和でしたが、
  平均すればいい按配で過ごせたGWだったんじゃないでしょか。
  当家もあんまり連休とかには関係ない人間ばかりで、
  近所のスーパーで特売がかかったのが嬉しかったくらいかな。
  久蔵ちゃんたちも人間のそこまで細かい暦は知らないでしょうけど、
  何か近所に子供が増えたなとか、ガッコとやらには行かんのかとか、
  小首を傾げて観てたかもですね。

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